2016/08/25

子供の頃、夢、描けてましたか??

昨日、市役所のインターンシップ生の前で話をさせてもらう機会がありました。
話したいことが多すぎて、支離滅裂で非常に聞きづらかっただろうなぁと
反省しまくっているところです。
今回の失態を踏まえて、それでもまたチャンスがもらえたら、次はもっと
聞き易く、話したいことを絞っていこうと、心に刻みました。

さて、以前就業体験にきた中学生にも聞いた
「将来の夢とか、自分の将来について考えたことある?」ってこと。
今回のインターンシップ生にも聞いてみました。
中学生は4人中全員が考えたこと無い。でした。
今回、就活を翌年に控えた学生さんも、中学高校までは殆どの人が
考えたこと無いでした。

前回の中学生の時もそうでしたが、今回も衝撃でした。
早い人で、小学校&中学校受験。
高校、大学と、「進路選択」という機会がありながらも、
自分の将来を考えるのは、ほとんどの人が大学生になってから。

これが日本の教育の現状と思いました。
大人の口から、自分の子供がどう育ってほしいか答えるときに
「夢や、目標をもって、努力できる、輝ける人生を・・・」みたいなことは
よくよく耳にします。

でも、現実は、そうではなさそうですね。
人生80年。そのうち40年を、つまりは人生の半分をどう生きるかを
大学入っての4年で考えてちゃ、その先の目標に向かって努力を始めるのが
社会人になってからってことになります。

ぶっちゃけ、4年で将来の自分を見つめるのも相当無理があるとも思います。

夢を描き始めるのって、早ければ早いほどいいと思うんですが、
日本の恵まれている環境が、子供に夢を描かせないのか。どうなのか。

もっと欲して欲しい。と、子供たちには願います。
自分が欲しいもの、なりたいもの、支えたい人の存在。
もっともっともっと、子供なんだから。

夢見がちな時期に、しっかり夢をみさせてあげれる。
そんな大人にならないとなぁ。と感じる今日この頃です。

2016/08/22

乳牛とCa

この粉、何でしょうか。



そう。炭酸カルシウム。略して炭カルです。
これ、牛に給与しています。

乳牛が出す牛乳ですが、約100ml中に約100mg以上含まれます。
乳牛が一日に出す牛乳は平均すると30リットルほどですから、
一日に最低でも約30gを排出しているわけです。

と、なりますと、相応のCaを摂取してもらわないと、牛は骨がスカスカになって、
様々な体調の悪化が現れてきます。

なので、我が家では炭カルを給与しています。
炭カル100g給与したら、100gのCaが摂れるかというと、違います。
炭カルは炭素と酸素とカルシウムの化合物なので、
実際には、質量中の3割がカルシウムとなります。
なので、100g給与したら、30gのカルシウムが摂取できるというわけです。

更に言うと、摂取したカルシウムをすべて血液中に取り込めるかというと、また違いますし、
カルシウムは牛乳中に排出されるだけでなく、
筋肉の収縮や、免疫機能など様々な体内での役割を持っています。

牛は草を食べる草食動物です。
植物の細胞壁はCaが多いですから、そこからの利用もあります。
しかし、現代の乳牛は多くの牛乳を出すために、
慢性的に骨密度が低いという論文もあります。

なので、炭カルなどのCaを積極的に添加してあげることが必要なんですね。
ちなみに我が家では一日に1頭あたり200g給与しています。


炭カルまみれ。

2016/08/07

命とお金

お金で命は買えませんが、
お金と命が天秤に乗ってしまうのが畜産です。
今年の夏は、昨年以上に命に向き合う時間が増えました。

7月の双子死産で踏ん張った母牛が、最終的に削痩していき、衰弱。
おとといの夜10時半に息を引き取りました。

3日には乾乳起立不能になっていた母牛が、最終的に、この暑さの元で
循環器障害(熱中症)で息を引き取りました。
最後は、水をかけても、風を当てても、解熱剤でも、抗生物質でも熱は下がらず、
苦しみながら夕方5時頃かすれた声で鳴きながら息を引き取りました。

肛門不形成「鎖肛」と呼ばれる奇形の子牛も生まれました。

無事分娩を終えるも、乳房に負っていた過去のダメージから、
水腫が進行し、死んでしまった牛もいました。

一方で、一ヶ月で12頭(内4頭が死産or奇形)も子牛が生まれました。

死んだから、損をした。
雄だからまぁ幸いか。
死んだけど、購入価格より生まれた子牛の販売価格と貰える共済金で結果的に得をした。

人間は、お金を使って生きていきますから、
単純に食っていけるか、いけないか。
ではなく、間にお金というモノが入ってくる。

これが、人の感情を悪い方に向けることにつながったり、
不快な思いをする人が出てしまったりにつながると思います。

でも、私たち畜産農家だって生きていくために、命の仕事をしているんです。

言い訳っぽく聞こえますが、少なくとも私が死んでもらって得をしようなんて
牛と向き合ったことはなくて、私が、私の家族が生きていくために牛をどうするかを
考えて牛の命と向き合っています。
そんな中で、最大限、生きて利を生み出してもらう為の手段をとりますが、
時には死んで利を生み出してもらう手段を考えざるをえない状況もでてくるということです。


生は死あって繋がる。


死を少しも無駄にしないように、生きているものの使命と思います。